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乳がんの診断・治療

乳がんの疫学

日本で新たに乳がんと診断された患者さんは2019年では9万7千人を超え、日本人女性の癌患者さんの20%を超えており、女性がかかる癌で一番頻度が高い状況です(ちなみに、2位は大腸がん、3位が肺がん、4位が胃がんとなっております)。
日本人女性の9人に1人が一生のうちに乳がんにかかると言われています。
乳がんで亡くなる方は増加傾向で、2020年では1万4千人を超え、30~64歳の女性の死亡原因の一位となっています。

全国がん(成人病)センター協議会の生存率共同調査からはステージが早期ほど生存率(診断から一定期間後に生きている確率)が高いことが示されています。
2005年から2008年に診断された乳がんの10年生存率はStageⅠだと98.3%と高いのですがStageⅡで88.7%、StageⅢで66.6%、StageⅣでは18.5%と進むにつれて低下していきます。

全がん協臨床病期別10年相対生存率
(2005-2008年診断症例)

乳がんの原因、リスク因子

一つの事象が原因となって必ず乳がんを発症するわけではありません。
世界がん研究基金World Cancer Research Fund(WCRF)/ 米国がん研究協会American Institute for Cancer Research(AICR)による「食物・栄養・身体活動とがん予防:国際的な視点から」や国内外のデータから発症リスクとされるものを紹介します。
乳がんと診断される時期が閉経前なのか、閉経後なのかによりリスク因子が異なる可能性があるため、閉経前後にわけて調査されています。

  閉経前 閉経後
アルコール 日本人データからはリスクを高める可能性あり リスクを高めることは確実
欧米人データからはリスクを高めることはほぼ確実
肥満 リスクを高める可能性あり リスクを高めることは確実
喫煙 リスクを高めることはほぼ確実
受動喫煙 リスクを高める可能性あり
糖尿病 リスクを高めることは確実
運動 リスクを下げる可能性あり リスクを下げることはほぼ確実
大豆食品 リスクを下げる可能性あり
健康食品や
サプリメント
リスクを下げることはないので、推奨しない
ストレス 不明

診断

視触診、エコー、マンモグラフィで乳がんが疑われると、針生検などの組織検査を行います。乳がんと針生検で確定診断された場合、治療開始前に乳がんのタイプやステージ(がんの進行度)を調べるために追加検査を行います。

①病理検査

針生検で採取した検体で、どんな薬が効くタイプなのかを知るため、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2の状況を調べます。
また、がんの再発のしやすさや抗がん剤の効きやすさなどに影響する組織学的グレード、Ki67なども調べます。
これらは手術の術式、効果的な治療薬はどれか、その治療薬を用いる時期が、手術前か、手術後のどちらがよいのかなどを決める指標となります。

②画像検査

どのくらい乳がんが進行しているのかで、治療方針や治療方法が変わってくるためステージを調べることはとても重要です。

CT

他の臓器(肝臓や肺など)への転移の有無を調べます。

骨シンチ

骨への転移の有無を調べます。

*ただしステージⅠと想定される早期がんの場合は転移をしている可能性が低く、CTや骨シンチは必ずしも必要とは限りません。

MRI

エコーやマンモグラフィよりも、さらに詳しく乳房内での乳がんの広がりを調べることができます。
これにより乳房部分切除にするか、乳房全摘にするかの術式選択の指標となります。
また反対側の乳房内に病変が無いかも調べることができます。

治療

ステージや乳がんのタイプにより治療は異なります。
ステージや乳がんの顔つきにより、患者さんそれぞれの将来の転移再発のリスクは異なります。
ご自身のリスクに応じた治療が必要となります。

ステージはしこりの大きさ、わきのリンパ節の転移の状況、ほかの臓器転移の状況で分類されます。

ステージ  
0 非浸潤癌
ⅠA しこりが2㎝以下 同側わきのリンパ節転移無し
ⅠB しこりが2㎝以下 同側わきのリンパ節に微小転移あり
ⅡA しこりが2㎝を超え5㎝以下 同側わきのリンパ節転移無し
  しこりが2㎝以下 同側わきのリンパ節転移あり(LevelⅠ,Ⅱ)
ⅡB しこりが5㎝を超え 同側わきのリンパ節転移なし
  しこりが2㎝を超え5㎝以下 同側わきのリンパ節転移あり(LevelⅠ,Ⅱ)
ⅢA しこりが5㎝を超え 同側わきのリンパ節転移あり(LevelⅠ,Ⅱ)または内胸リンパ節転移あり
  しこりが5㎝以下 同側わきのリンパ節転移あり(LevelⅠ,Ⅱ)が周囲の組織に固定されている、または内胸リンパ節転移あり
ⅢB しこりの大きさは問わず、しこりが胸壁に固定されていたり、乳房皮膚に浮腫、潰瘍、衛星皮膚結節をきたしているもので、わきのリンパ節転移なし、または同側わきのリンパ節転移あり(LevelⅠ,Ⅱ)または内胸リンパ節転移あり
ⅢC しこりの大きさは問わず、同側わきのリンパ節転移あり(LevelⅢ)あるいは同側鎖骨上リンパ節転移あり、または内胸リンパ節と同側わきのリンパ節両方に転移転移あり(LevelⅠ,Ⅱ)
しこりの大きさやリンパ節の転移状況に関わらず、多臓器に転移あり

参考(臨床・病理 乳癌取扱い規約 第18版,金原出版,2018)

肺や骨、肝臓などの遠隔臓器に転移していない場合、標準治療は下記になります。

早期乳がんの治療

①Stage0(非浸潤性乳管がん)

乳がん細胞が乳管内にとどまっている状態で、適切に治療をすれば、理論的には転移することはありません。
非浸潤がんは、その範囲がどれだけ広くても、大きさに関わらずStage0となります。

手術±放射線治療を行います。

薬物治療

ホルモン受容体陽性乳がんでホルモン療法が選択肢となります。
目的としては、乳房部分切除術をした場合、手術した側の「残存乳房内での局所再発の予防」と「反対側の乳がんの予防」となります。
浸潤がんのホルモン療法の目的が、命にかかわる「ほかの臓器の転移を予防する」のとは異なります。
非浸潤がんに対するホルモン療法5年間の投与で21~25%の再発抑制効果が得られますが、寿命の延長効果があるわけではありません。
ホルモン療法による副作用も考慮し、メリットとデメリットを相談の上で、投与の有無を決めます。

②StageⅠ~ⅢA

早期の乳がんでも、CTや血液検査では検出できない、目に見えないレベルのわずかな乳がん細胞まで根絶するためには、手術や放射線治療という局所的な治療と、全身に効果がある薬物治療を組み合わせて行う必要があります。
ステージ、がんの悪性度、どの薬剤が効きやすいタイプかによって手術を先に行ってから薬物治療を行う場合と、先に抗がん剤や分子標的治療薬を行ってから手術を行う場合があります。

薬物治療
ホルモン療法

エストロゲン受容体陽性タイプでは、エストロゲンという女性ホルモンが乳がん細胞のエストロゲン受容体にくっつくと乳がん細胞が増殖します。乳がん患者さんの70%程度がエストロゲン受容体陽性タイプになります。
治療としては①エストロゲンがエストロゲン受容体にくっつくのを防いだり、②エストロゲンそのものを減らすことが有効です。

治療期間としては再発リスクの低い早期がんでは5年間投与、リンパ節転移があるなどのリスクに応じて7~10年間投与も推奨されています。

①抗エストロゲン薬 (内服)

エストロゲンがエストロゲン受容体とくっつかないように、自分がくっついて、がん細胞が増えるのを防ぎます。
副作用としては、更年期症状(発汗、ほてり、のぼせなど)、月経不順、おりもの増加、関節痛、ごくまれに無顆粒球症、血栓塞栓症など。
閉経後の方には子宮内膜がんのリスクがわずかに増えますが(もともと800人に1人、子宮内膜がんを発症するのが、タモキシフェン内服により800人に2-3人の発症に増える)、現在すでに発症している乳がんが転移再発するのを予防できるメリットのほうが大きいです。
タモキシフェン内服中に不正性器出血があった際は婦人科を受診しましょう。

胎児に奇形を起こす報告があり、内服中は避妊が必要です。(ホルモン療法終了後に妊活を行う場合は、内服終了3か月後以降に薬剤の影響がなくなってから妊活を開始してください)

  • タモキシフェン(商品名ノルバデックス)
  • トレミフェン(商品名フェアストン)

②性腺刺激ホルモン放出ホルモン(LH-RH)アゴニスト製剤 (皮下注射)

閉経前の女性は、脳の視床下部から性腺刺激ホルモン放出ホルモン(LH-RH)が分泌され、それにより下垂体から性腺刺激ホルモンが分泌され、卵巣からエストロゲンが作られます。
LH-RHアゴニスト製剤はLH-RHと似たような物質で下垂体を過剰に刺激して、最終的には卵巣からのエストロゲン分泌を減らします。
副作用としては発汗、ほてり,のぼせ、頭痛,高コレステロール血症,骨密度低下など。

  • リュープロレリン(商品名 リュープリン)
  • ゴセレリン(商品名 ゾラデックス)

③アロマターゼ阻害薬 (内服)

閉経後の方のエストロゲンを減らす薬剤です。
閉経後は卵巣からエストロゲンが作られなくなり、アロマターゼという酵素によって副腎からの分泌される男性ホルモンからエストロゲンが作られます。
このアロマターゼを阻害することで、閉経後のエストロゲンが作られなくなります。
副作用としては発汗、ほてり、のぼせ、関節痛、骨密度低下など。

  • レトロゾール(商品名 フェマーラ)
  • アナストロゾール(商品名 アリミデックス)
  • エキセメスタン (商品名 アロマシン)

④ホルモン療法と併用する分子標的治療薬(内服)

乳がんの細胞増殖を阻害する薬です。
ホルモン陽性HER2陰性早期乳がんで下記の条件に該当する再発リスクの高い場合に、術後のホルモン療法と併用して2年間内服します。

  1. リンパ節転移が4個以上あった場合
  2. リンパ節転移1~3個かつ次のいずれか1個以上に当てはまる場合
    浸潤がんの大きさが5cm以上 もしくは 組織学的グレード3

副作用としては下痢、嘔気、好中球減少、食欲不振、肝機能障害、血栓塞栓症、間質性肺炎など。

  • アベマシクリブ(商品名 ベージニオ)
抗がん剤

乳がんのタイプや悪性度、ステージにより投与したほうがいいかが決まります。
投与時期も、手術前に投与したり、手術後に投与することもあります。
副作用は、抗がん剤全般的に共通した症状もあれば、それぞれの抗がん剤の種類により固有の症状もあります。

自分でわかる副作用は脱毛、食欲不振、倦怠感、手先足先のしびれ、嘔気、味覚障害、便秘、下痢、口内炎、皮膚障害、色素沈着、静脈炎など
検査をしてわかる副作用としては骨髄抑制(血液成分の白血球や赤血球、血小板が減少)、肝機能障害、腎機能障害

点滴

  • エピルビシン
  • エンドキサン
  • パクリタキセル
  • ドセタキセル など

内服

  • ティーエスワン ホルモン陽性HER2陰性の手術後、再発リスクが高い場合に1年間、ホルモン療法と併用します。
分子標的治療薬

抗HER2薬 (注射)

がんの細胞増殖にかかわるHER2受容体が過剰に発現し、がん細胞増殖の制御ができなくなっているHER2タイプの患者さんに適応となります。3週間に1回、計1年間の投与になります。
副作用としては心機能低下、初回投与時の投与24時間以内にインフュージョンリアクション(発熱 悪寒 頭痛)など。

  • ペルスツズマブ(商品名 パージェタ)
  • トラスツズマブ(商品名 ハーセプチン)
  • ペルスツズマブ トラスツズマブ ボルヒアルロニダーゼ アルファ注(商品名  フェスゴ) 
  • トラスツズマブエムタンシン(商品名 カドサイラ) HER2陽性乳がんに対し、 術前化学療法後、手術後の病理結果でがん細胞が完全に消失しなかった場合に投与します。
免疫チェックポイント阻害薬

通常ウイルスや細菌に対して防御をする免疫細胞は、がん細胞にも防御反応をします。
がん細胞はこの防御をブロックして、免疫細胞から逃げて増殖しようとします。
免疫チェックポイント阻害薬はこの免疫細胞からがん細胞が逃れようとするのを抑制します。

トリプルネガティブ乳がん(ホルモン受容体陰性、HER2陰性)で腫瘍の大きさが2cmを超えるか、わきのリンパ節転移があるStageⅡ以上の場合に、手術の前後で投与します。
副作用としては、間質性肺炎、甲状腺機能障害、副腎機能障害、大腸炎、皮膚障害、神経障害、肝機能障害、糖尿病、腎機能障害、膵炎、心筋炎、重症筋無力症、脳炎、髄膜炎など、頻度は低いものの多種多様なものがあります。
「いつもと違う倦怠感」には注意が必要です。

  • ペンブロリズマブ (商品名 キイトルーダ)
PARP阻害剤

BRCA1またはBRCA2の病的変異がある遺伝性乳がん卵巣がん症候群で、再発リスクが高い場合に適応となります。
副作用としては貧血や嘔気、血小板減少など。

  • オラパリブ(商品名 リムパーザ)
手術

手術は乳房に対する手術として、(1)部分切除と、(2)乳房全摘があります。
乳房部分切除+放射線治療と、乳房全摘では、どちらを選んでも生存率には差がありません。

(1)乳房温存術(乳房部分切除術)

良性腫瘍の手術はしこりのみを摘出しますが、乳がんの場合はMRIで病変が限局していると確認できても、しこり周囲には見えない微小な乳がんが存在していると想定し、実際のしこりから外側に全周に1.5~2㎝程度の余裕をつけて切除します。
このため、腫瘍のサイズが大きな場合は切除する量が多くなり、残存乳房の変形や凹みも目立ちます。
乳房部分切除を行うには、手術後の残存乳房が患者さんにとって満足できる形状かどうかが重要なポイントとなり、元の乳房サイズと比較して腫瘍が大きい場合は適応となりません。

一般的には、乳房内にがんが限局していること、術後の温存乳房の整容性が保たれていること、術後放射線治療ができること、患者さんが部分切除を希望する事が条件となります。

(2)乳房切除術(乳房全摘術)

乳がんが広範囲に広がっていたり、腫瘍サイズが小さくても部分切除をした場合に残存乳房の変形が強いと想定される場合、患者さんが全摘を希望する場合に適応となります。
患者さんが希望する場合は、乳房再建術を併用します。

乳房再建には自分の組織の広背筋や腹部組織を用いる方法と、人工乳房であるインプラントを用いる方法があります。
乳腺外科主治医、再建術を担当する形成外科医と相談して、ご自身に適切な術式を決める必要があります。

腋窩(わき)リンパ節に対する手術として(1)腋窩郭清と、(2)センチネルリンパ節生検があります。

(1)腋窩リンパ節郭清

あらかじめ、触診や画像の検査から腋窩リンパ節に転移があるとわかっている場合、転移リンパ節だけでなく、転移している可能性があるリンパ節も含め、周囲の脂肪ごときれいに取り除く手術です。
目的としては、がんを残さずに摘出するというだけでなく、転移リンパ節の個数を調べることができます。
転移リンパ節の個数が多いほど、今後の全身の転移のリスクが高まるため、それに応じた薬物治療を選択することができます。

(2)センチネルリンパ節生検

腋窩郭清は、リンパ浮腫による腕のむくみや、上腕の違和感、わきのリンパ液貯留などの合併症が起こるため、事前の検査から腋窩リンパ節転移がない場合、腋窩郭清は過剰治療となってしまいます。

センチネルリンパ節とは、乳がんが転移した場合に一番初めにたどり着くリンパ節のことで、このリンパ節に転移が無ければ、その他のリンパ節に転移している可能性は極めて低いということになり、腋窩郭清を省略することができます。
手術中に迅速検査でセンチネルリンパ節の転移の有無を調べ、転移がある場合は引き続き腋窩郭清を行います。

ただし以下の場合は転移があっても腋窩郭清は省略できます。

  1. 2mm以下の微小転移の場合
  2. 2㎜を超える転移でも、転移リンパ節の個数は2個以下で、腫瘍径が5㎝未満の乳房部分切除術であり、術後適切な放射線治療と薬物治療を行うこと
放射線治療

手術後の乳房への放射線治療は、乳房部分切除した側の残っている乳房や、乳房全摘した後の胸壁への局所再発、周囲のリンパ節への転移再発を予防し、生存率を改善するために行います。
通常は外来通院で平日に毎日数分の放射線をあてます。

乳房部分切除をした場合、放射線治療により局所再発のリスクと乳がんによる死亡率を下げます。
乳房全摘後をした場合、浸潤がんの大きさが5cmを超える場合や、わきのリンパ節転移が4個以上ある場合は乳房全摘後放射線治療の適応になります。
わきのリンパ節転移が1~3個の場合でもそのほかのリスクに応じて適応となることもあります。

妊娠中の方は放射線治療はできません。
活動性のSLEや強皮症の方も有害事象のリスクがあがるため、放射線は避けたほうがいいとされています。

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